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大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)6858号 判決

原告 楠瀬信二

原告 楠瀬恵美

右両名訴訟代理人弁護士 丸山哲男

右同 浅野博史

右同 後藤貞人

被告 学校法人 関西医科大学

右代表者理事 岡宗夫

〈ほか四名〉

右被告ら訴訟代理人弁護士 俵正市

右同 草野功一

右同 北尻得五郎

右同 池上健治

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告楠瀬信二に対して、各自五九九三万〇五三四円および内金五六一五万〇五三四円に対する昭和五三年五月四日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告楠瀬恵美に対して、各自五八一八万三八三四円および内金五四四〇万三八三四円に対する昭和五三年五月四日から支払済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  第一項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告楠瀬信二は、亡楠瀬薫(以下「薫」という。)の父であり、原告楠瀬恵美は、薫の母である。

(二) 被告学校法人関西医科大学(以下「被告大学」という。)は、私立学校法にもとづき設立された学校法人であり肩書地に本部および専門部等を、大阪市枚方市字山東一八番八九号に教養部をそれぞれ設置し、これらを管理、運営していたものであり、被告本庄一夫(以下「被告本庄」という。)は、本件事故(後述)当時被告大学の学長であり、被告大山昭夫(以下「被告大山」という。)、同久保良彰(以下「被告久保」という。)、同岡本勉(以下「被告岡本」という。)はいずれも被告大学の教員であったものである。

2  楠瀬薫の略歴と本件事故の経過

(一) 薫は、昭和三四年三月九日京都市において原告らの長男として生まれ、高校卒業後昭和五二年四月被告大学に入学した。

(二) 薫は、昭和五二年四月被告大学のカヌー部に入部したが、同年四月二九日の大阪府民体育大会後昭和五三年三月までは同部の練習への参加を中止し、同年四月から再び練習に参加するようになった。薫は、昭和五二年四月カヌー部の試乗会で初めてカヌーに乗り、以後本件事故によって死亡するまでカヌーに乗ったのはせいぜい一〇回前後であるうえ、そのうち数回は安定性の悪いカヤック艇(本件事故の際薫が乗っていたのはカヤック艇である。)ではなく、安定のよいスラローム艇に乗ったのであった。

(三) 薫は、昭和五三年五月四日当日がカヌー部の練習予定日であったので、同部キャプテンの大内雅文から同人ら三回生は解剖実習中であるから先に行って練習しておくようにとの指示を受けて、同部員吉田明憲(当時二回生)、古村俊人(当時一回生)、濱本建次郎(当時一回生)ら四名で、大阪市旭区大宮五丁目先の淀川豊里大橋近くの同部練習場に赴いた。薫らは、練習場に着いてから練習場の淀川左岸にある艇庫から四艘のカヌーを出し、これを対岸まで漕いで運んで行くこととなったが、前記四名のうち濱本はカヌーを漕げなかったため、高校時代カヌーの経験があるという古村が二艘(いずれもカヤック)、吉田、薫が各一艘(吉田はカナディアン艇、薫はカヤック艇)を漕いで淀川を横断することとなった。

薫は、吉田および古村と同日四時三〇分ごろカヌーを漕いで、淀川左岸を出発したが、その約一〇分後左岸から約八〇メートル進んだ地点でカヌーが転覆して水中に投げ出されてしまった。そこで、薫は、下流に流されながらも、転覆時の要領として教えられたとおり直ちにカヌーを引き起こし、しばらくの間その先端に把まっていたが、約一〇〇メートル下流に流され豊里大橋下流約二五〇メートル付近に至ってカヌーと共に水没し、溺水を吸引して窒息死するに至った。

なお、吉田は、自分から約一〇〇メートル離れた地点で薫が水中でカヌーにつかまっているのを発見して、カヌーを漕いで同人に近づいて行き、同人から数メートルの地点まで至ったが、救助することができないでいるうち、同人はカヌーと共に水没し、見失なってしまった。

3  本件事故の原因

本件事故の直接の原因は、次のとおりである。

(1) 本件事故当時、練習場には救助用ボート、浮袋、ロープ等緊急時の救助設備は全く用意されておらず、また、陸上から練習状況を監視し、事故が起った際に救助措置を講ずるなどの監視および救助態勢は全くなかった。

(2) カヌー部においては、従前から泳げない者にしかライフジャケットを付けさせない旨指導されており、練習時のライフジャケット着用は徹底していなかった。そのため、薫は、泳ぎができるからということで着用を指示されておらず、本件事故当時も着用していなかった。

(3) 薫が事故のときに乗っていたカヌーはカヤックと呼ばれるレーシング用カヌーで、これはグラスファイバー製のもので、比重が水より重いために、転覆時に水が入ると沈むものであるから、浮力体を装備すべきものとされているが、事故のとき薫が乗っていた艇にはこれを装備していなかった。

4  被告岡本と被告大学カヌー部の関係

被告大学カヌー部は、昭和四〇年、当時大阪府カヌー協会の理事であると共に被告大学の体育教員であった被告岡本を顧問として結成されたのであるが、この結成は、学生らが自発的動機で集ったというものではなく、昭和三九年の東京オリンピックを契機とした各都道府県カヌー協会や学生カヌー連盟の、カヌーの普及およびカヌー人口の底辺拡充政策の一環として、大阪府カヌー協会の理事であった被告岡本らが学生への勧誘や指導、助言によってなしたものであった。被告岡本は、被告大学カヌー部が同好会であったとき(昭和三九年)から現在に至るまで同部の顧問を続けている。

5  被告らの責任

(一) 被告大学の債務不履行責任

(1) 薫と被告大学との間には、本件事故当時次のような在学契約が存在していた。すなわち、その契約は、一般に被告大学の学生が同大学の教育方針、教育計画にもとづく教育を受け、所定の授業料を納付する等の義務を負う一方、被告大学は、学生に対してその施設を供し、雇用する教員に所定課程を授業させるというのみでなく、被告大学の教育活動全般について、それに伴なう事故の発生を未然に防止すべく万全の注意を払い、もって諸々の危険から学生の生命、身体の安全に配慮すべき責務を負うという内容のものである。

ところで、本件事故は、被告大学のカヌー部の練習中に発生したものであるが、一般に大学におけるクラブ活動も、大学が学生の全人教育を目的としてなすものであるという点および被告大学においても、学生のクラブ活動を広く人間性の充実と完成を計るものと評価し、大学案内書でその活動を紹介しているのをはじめとして、様々なかたちでこれを援助している点などに鑑み、被告大学におけるクラブ活動は、同大学の教育活動の一環として行なわれるものであることは、明らかである。したがって、被告大学としては、各クラブ活動に内在するそれぞれの危険性に鑑み、その活動上学生の生命、身体の安全が侵害されることのないよう万全の配慮をなす義務がある。

(2) 本件事故に際しての具体的な安全配慮義務

カヌー競技が自然の水面上でなされる競技であり、かつ、カヌー自体、とりわけレーシング用のそれは構造上極めて安定性が乏しく容易に転覆するものであること、我国におけるカヌー競技は、近年になってようやく一般に普及し始めた程度で、大学においてもカヌー部に入部する学生のほとんどはカヌー競技の知識や経験を有しない素人であるのが実情であること、特に被告大学カヌー部の練習場所である淀川は、川幅、流量とも大きく、中央付近の水深も相当あり、流れも複雑であること等から明らかなように、被告大学カヌー部の練習には高度の危険性が存する。

したがって、被告大学にはカヌー部の活動に関して、次の措置を講ずる義務がある。

(イ) カヌーに伴う右の危険性を部員その他の関係者に周知徹底させること。

(ロ) カヌーについて充分な指導能力のある者を顧問もしくは監督、指導員として配置すること。

(ハ) 練習場所である淀川豊里大橋下流一帯の河川の状況その他の環境を十分把握し、これに応じた注意と指導、監督をなすこと。

(ニ) 部員の水難事故を予防、救助するのに必要なライフジャケット、救助用ボート、浮袋、ブイ、救助用ロープ、カヌーの浮力体等の準備と使用、管理を徹底させ、場合によっては被告大学自らそれらを購入準備すること。

(3) 安全配慮義務の懈怠

(イ) 被告大学の体育教員である被告岡本は、前記のとおり被告大学カヌー部の設立時からの顧問であり、カヌー部の活動の安全に配慮しなければならない立場にあるのに、カヌーの練習に伴う高度の危険性を部員に十分認識させるべく指導、監督せず、練習場所の淀川の状況等についても調査し、これを部員に周知徹底させることをしていなかった。また、同被告は、前記安全器具、設備を十分用意せず、特にライフジャケットの着用やカヌーへの浮力体の装着については徹底させていなかった。さらに、同被告は、部員の知識や経験等に応じた基礎的かつ段階的訓練につき十分配慮した指導監督を行なわなかった。

なお、被告岡本は、昭和五二年六月から約一年間アメリカに留学し、本件事故のときも留学中であったが、留学に際しても前記の安全対策上の諸措置を何ら講じなかったばかりか、カヌーについて全く知識および経験のない被告久保良彰(当時被告大学教養部長)に立ち話しの中で顧問代行を依頼したのみであった。

(ロ) 被告久保は、被告岡本から顧問代行就任を依頼され、自分にはカヌーの知識および経験が一切なく、部員の安全保護をなしうる能力を有しなかったにもかかわらず、安易に代行を引き受け、本件事故に至るまで何らの安全措置も講じなかった。

(ハ) 被告大山昭夫は、被告大学本部学生部長であったが、同被告は、被告岡本や同久保やその他の者を通じてカヌー部について安全対策上の措置が十分でないことを知りまたは知りえたにもかかわらず、漫然とこれを放置した。

(ニ) 被告大学の履行補助者である同大学教員らの前記安全配慮義務の懈怠により、前記のとおり本件事故が発生し、薫は死亡するに至り、右薫および原告楠瀬信二は後記損害を被った。

(ホ) よって、被告大学は、右損害を賠償する義務を負う。

(二) 被告らの不法行為責任

(1) 被告岡本はカヌー部の顧問の教員として、同久保は同代行の教員として、また、同大山は学生のクラブを所管する被告大学学生部長として、それぞれ前記の安全対策上の諸措置をとり、カヌー部の活動に伴う学生の生命、身体の安全に配慮する義務を負っているのに、前記のとおり、これを怠り、本件事故を惹起させて、薫を死亡させ、薫と原告楠瀬信二に後記損害を与えたので、民法七一九条一項、七〇九条にもとづき、これを賠償する義務を負う。

(2) 被告岡本、同久保、同大山らは、被告大学の雇用する同大学の教員であるが、右被告らの前記不法行為はいずれも被告大学の事業の執行中になされたものであるから、同大学は、民法七一五条一項本文にもとづいて右被告らの不法行為により薫および原告楠瀬信二に与えた後記損害を賠償する義務を負う。

(3) 被告本庄は被告大学の学長であり、被告大学に代わって被告岡本、同久保、同大山らを指導、監督すべきものであるので、民法七一五条二項により右被告らの不法行為により薫および原告楠瀬信二に与えた後記損害を賠償する義務を負う。

6  損害

(一) 逸失利益

亡薫は、昭和五一年四月被告大学に入学したのであり、本件事故がなければ被告大学において六年間の勉学を終え、その在学中に国家試験に合格して医師の資格を取得し、卒業する昭和五八年四月から同人が就労可能年限である六七歳になる昭和一〇二年三月までの四三年間にわたり医師として稼働するはずであった。

そこで薫の得べかりし利益を求めるに、医師の二四歳以上の勤務医の年齢階層別平均給与月額(人事院給与局編「民間給与の実態」((昭和五三年職種別民間給与実態調査の結果))による)は、別紙(1)のとおりであり、亡薫の昭和五八年四月以降の生活費を控除した収入年額は、別紙(2)Dとなり(年間賞与は収入月額の六か月分とし、生活費として収入の五割を控除する。)、これより民法所定の年五分の割合によって中間利息を控除し(ホフマン式による)、昭和五三年における現価は、別紙(2)Fとなる。これを合計すると九三八〇万七六六八円となる。

(二) 亡薫の精神的損害

亡薫は、生来頑健で、将来医師として活躍する期待を抱いていた前途有望な青年であり、同人が本件事故により受けた精神的ならびに肉体的苦痛に対する慰藉料は、少なくとも一五〇〇万円を下まわらない。

(三) 相続

右(一)、(二)によると薫の損害額は、一億〇八八〇万七六六八円となるが、同人の死亡により同人の両親である原告らがそれぞれ右の二分の一である五四四〇万三八三四円ずつ相続した。

(四) 葬祭費

原告楠瀬信二は、薫の葬祭費としてこれまでにすくなくとも一七四万六七〇〇円を出捐した。

(五) 弁護士費用

原告らは、それぞれ代理人である弁護士に対し弁護士費用として三七八万円を支払う約束をした。

7  よって、原告らは、被告大学に対しては、在学契約上の安全配慮義務の不履行にもとづき、また、使用者責任にもとづき、被告岡本、同久保、同大山に対しては、不法行為にもとづき、同本庄に対しては、代理監督者責任(民法七一五条二項)にもとづき、それぞれ原告楠瀬信二については五九九三万〇五三四円および内金五六一五万〇五三四円に対する損害の発生の日である昭和五三年五月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを、原告楠瀬恵美については五八一八万三八三四円およびこれに対する右同日から支払済みまで同じく年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否および被告らの主張

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実中、薫のカヌー歴についておよび薫が転覆したのは、淀川左岸をカヌーを漕いで出発してから約一〇分後であること、転覆後下流に流されたこと、転覆後カヌーの先端に把まっていたこと、沈んだ地点が豊里大橋下流約二五〇メートル付近であることはいずれも否認し、薫がカヌーとともに水没したことおよび薫が溺水の吸引により窒息死したことを除き、その余の事実を認める。

3  請求原因3の事実中、本件事故当時練習場に救助用ボート、浮袋、ロープが用意されていなかったこと、練習の監視者がいなかったこと、薫が本件事故当時ライフジャケットを着用していなかったこと、同人が当時カヤックに乗っていたこと、この比重は水より大きいこと、薫の乗っていたカヌーには浮力体が装備されていなかったことはいずれも認め、カヌー部において従前から泳げない者にしかライフジャケットを着用させないとの指導がなされていたこと、カヌーには浮力体を装備すべきであるとの点は否認する。カヌー部では泳ぎに自信のない場合にはライフジャケットを着用するよう指導されており、着用する、しないは、大学生である各自の自主的判断に委ねられていた。また、一般にカヌーにおいて、浮力体の装着は重視されていなかった。

4  請求原因4の事実中、被告岡本がカヌー部結成以来今日に至るまで同部の顧問であったこと、カヌー部が昭和四〇年に結成されたことは認めるが、その余は否認する。

5  請求原因5(一)(1)の事実中薫と被告大学間に在学契約が存在し、これにより被告大学は大学の教育活動に際し、学生の生命身体の安全や健康の保持につき配慮すべき抽象的責務を有することは認めるが、その余は争う。

同(一)(2)の事実中、カヌー競技が自然の水面上でなされる競技であること、被告大学カヌー部が淀川をその練習場所としていることは認めるが、その余は争う。

同(一)(3)の事実中被告岡本が被告大学カヌー部の設立時からの顧問であること、同被告が、昭和五二年六月から約一年間アメリカに留学したこと、その間被告久保が、カヌー部の顧問の代行となったこと、同被告は、カヌーの経験を有しないこと、薫が、本件事故で死亡したことは認めるが、その余は争う。

同(二)の事実中被告岡本がカヌー部の顧問で、同久保は同部の顧問代行であったこと、同大山は被告大学学生部長であったこと、同本庄が同大学学長であったことは認めるが、その余は争う。

6  請求原因6の事実中、薫が昭和五一年四月被告大学に入学したことは認めるが、その余は争う。

原告らが主張する逸失利益の算定中、年間賞与を「収入月額の六ヶ月分とすること」には根拠がない。また、各年度における年齢階層別平均給与月額を基礎としながら、ホフマン式計算法により現価を求める方式は合理的でない。

亡薫が医師の資格を得るためには、被告大学を卒業するまで昭和五三年度前期分から昭和五七年度後期まで一〇期、少なくとも各期三〇万円ずつ各種経費の支出を要する。また、被告大学は、昭和五四年一月二〇日原告らに対して弔慰金として寄附金相当の一五〇〇万円を交付した。したがって、薫が被告大学を卒業して医師免許を取得したことを前提とする原告ら主張の逸失利益から前記必要経費合計三〇〇万円および寄付金相当の弔慰金一五〇〇万円を控除しなければならない。

7  被告大学は、次の諸点に鑑み原告ら主張のようなカヌー部の活動についての具体的な安全配慮義務を負わない。すなわち、大学におけるクラブ活動は文部省令である大学設置基準等に照らして明らかなように、大学の教育課程外の活動である点、大学におけるクラブ活動は学生の責任にもとづく自主的、自律的な自治活動であることに本質的意義があり、その活動にあたっては、学生の意思と責任を尊重し、大学はこれに不当に介入すべきでないという点、また、被告大学におけるカヌー部を含む運動系クラブは、被告大学が設置した組織ではなく、同大学学生自治会傘下の自治的組織であって、その予算の編成・支出、活動計画、練習方法等の運営は大学の指揮監督を受けることなく、学生の自主的な意思決定に委ねられている点などからすると、被告大学がクラブ活動に関して学生の安全に配慮すべき責務の内容は、せいぜい当該クラブにおいてリンチ、しごき等の暴力行為その他公序良俗に反するような行為が行なわれている事実を知ったか、知りうるような状況がある場合に適切な措置を講じる程度であって、それ以上の日常の具体的な個々の活動についてまで常に監視し、その安全に配慮しなければならないものではない。本件事故はカヌー部の通常の練習中に起ったものであるが、被告大学は、このようなクラブの通常の練習につき学生の生命、身体の安全に配慮すべき義務はない。

また、被告大学におけるクラブの顧問は、大学の任命、委嘱によるものではなく、クラブ員からの委嘱によるものであり、その役割も、精神的、側面的な援助、協力にとどまるのであって、クラブの練習の際、学生の生命身体につき具体的な安全配慮義務を負うものではない。

第三証拠《省略》

理由

一  争いのない事実

請求原因1の事実(当事者について)、同2のうち薫が昭和三四年三月九日京都市において原告らの長男として生まれ、昭和五二年四月被告大学に入学した後被告大学カヌー部に入部したこと、薫は昭和五三年五月四日同部キャプテン大内雅文(当時三回生)から先に行って練習しておくようにとの指示を受けて、同部員吉田明憲(当時二回生)、古村俊人、濱本建次郎(いずれも当時一回生)らと大阪市旭区大宮五丁目先の淀川豊里大橋近くの同部練習場に赴き、淀川左岸にある艇庫からカヌーを出し、これを対岸に運ぶべく漕ぎ出したが、淀川左岸から約八〇メートル進んだ地点でカヌーが転覆して、水中に投げ出されたこと、薫はカヌーを起こし、しばらくの間これに掴まっていたが、水没して死亡するに至ったこと、薫といっしょに漕ぎ出した吉田は約一〇〇メートル離れた地点で薫が水中でカヌーに掴まっているのを発見し、自分のカヌーを漕いで薫に近づき、薫から数メートルの地点にまで至ったが、救助することができないでいるうちに、水没してしまった薫を見失ってしまったこと、同3のうち本件事故当時練習場には救助用ボート、浮袋、ロープ等が用意されていなかったこと、陸上から練習状況を監視する者がいなかったこと、薫が本件事故当時ライフジャケットを着用していなかったこと、薫が事故当時カヤックに乗っていたこと、この比重は水より大きいが、浮力体は装備されていなかったこと、同4、5のうち被告大学カヌー部は昭和四〇年に設立されたこと、被告岡本は右設立以来今日に至るまで同部の顧問であったこと、同被告は昭和五二年六月から約一年間アメリカに留学しており、本件事故当時アメリカに行っていたこと、同被告がアメリカに行っている間カヌーの知識および経験を有しない被告久保がカヌー部の顧問代行となったこと、薫と被告大学の間には在学契約が存在し、これにより被告大学が学生の生命身体の安全や健康の保持につき配慮すべき抽象的な義務を負っていることは、いずれも当事者間に争いがない。

二  薫のカヌー歴および本件事故の経過

右争いのない事実および《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

1  薫は、昭和五二年四月被告大学入学後のカヌー部主催のカヌー試乗会でカヌーに乗り(このとき薫が乗ったのはスラローム艇であった。)、その後同部に入部し、数回練習したが、同年四月二九日大阪府民体育祭に出場した後は(このとき薫はスタート直後に転覆して完走しなかった。)練習を中止して休部し、練習を再開したのは、昭和五三年四月からであった。薫は、被告大学入学までカヌーの経験はなく、本件事故によって死亡するまでにカヌーに乗ったのは、昭和五二年入部から休部まで三、四回、昭和五三年練習再開から本件事故まで六、七回、合わせても一〇回前後しかなく、しかも、比較的安定のよいスラローム艇にも何回か乗っているから、本件事故の際に乗っていたカヤック艇に乗ったのは、もっと少ないことになる。事故当時の薫のカヌーの力量は、まだ練習中たびたび転覆するという段階であり、また、通常カヤック艇に乗る者は、漕ぎ易くするために腰に厚さ約五センチメートルのシートを敷くところ、これを敷くと安定が悪くなるので、初心者は、このシートを外し、直接カヌーの船底に腰を下ろして練習するのであるが、薫は、まだシートを外して練習する段階であった。

2  本件事故が起った昭和五三年五月四日はカヌー部の練習日であったので、薫は、吉田明憲(当時二回生)、古村俊人および濱本健次郎(当時いずれも一回生)らと、まず被告大学専門部へ行って、練習に行くことを当時カヌー部キャプテンの大内雅文(当時三回生)に連絡したところ、右大内ら三回生は実習中であったので、一、二回生が先に行って練習することになった。薫らは、同日午後四時ごろ練習場所の大阪市旭区大宮五丁目先淀川豊里大橋下流に着き、豊里大橋下流約七〇メートルの左岸にある同部の艇庫からカヌー四艘(カヤック艇三艘、カナディアン艇一艘)を出し、薫はカヤック艇一艘を、一回生であるが、高校時代カヌーの経験がある古村は同艇二艘を、吉田はカナディアン艇一艘をそれぞれ漕いで、対岸の練習場へ運ぶことにした。なお、濱本は、一回生で以前カヌーの経験がなかったので、豊里大橋を歩いて渡って対岸に行くことになった。

3  薫らは、同日四時三〇分ごろ淀川左岸豊里大橋下流約五〇メートルの地点からそれぞれ出発した。このときは風、波とも普段と変わらず、練習に支障がない程度であったが、風は、下流から上流に向って吹いていたので、薫は、やや上流に向って進んでいたところ、同日午後四時四〇分ごろ淀川左岸から約八〇メートル進んだ地点で転覆し、水中に投げ出されてしまった。このとき吉田は、薫の下流で、薫から約一〇〇メートル離れた地点にいて、薫が水中でカヌーの中ほどに掴まっているのを発見した。そこで吉田は、急いでこれに近づき、薫から約三メートルの地点にまで至った。吉田は、水中にいる薫が、艇に水が入って来ていると言うのを聞いて、薫に左岸に引き返すよう指示したが、ターンするために薫から約一〇メートル離れたとき、薫は波に洗われ、カヌーと共に水没して、見えなくなってしまった。吉田は、すぐに水中へ飛び込み、薫が沈んだ地点に泳いで行ったが、水が濁っていて発見できなかった。

4  薫は、同年五月六日午後二時一五分ごろ淀川豊里大橋下流約一五〇メートル、左岸から約七〇メートルの地点水中で水死体で発見された。薫の死因は、溺水の吸引による窒息死であった。

以上の事実が認められる。

三  被告らの責任

1  被告大学の契約上の責任

前記認定のとおり薫は被告大学カヌー部の練習中に本件事故によって死亡したものである。そして原告らは、本件事故の原因は、救助用ボートや監視員等の救助態勢が整っていなかったこと、ライフジャケットや浮力体等安全器具、設備の使用が徹底していなかったこと等であると指摘し、被告大学は、亡薫との在学契約にもとづいて、薫に対して、請求原因5(一)(2)(イ)ないし(ニ)に記載しているとおり、カヌーに伴う危険を周知徹底させること、カヌーにつき指導能力のある者を顧問や監督などに配置すること、ライフジャケット、浮力体等の安全器具の使用を徹底させること等の具体的な措置を取って、その安全に配慮する義務があると主張するので、被告大学にそのような義務があるかについて検討を加える。

(一)  前記争いのない事実、《証拠省略》によると、次の事実が認められる。

(1) 被告大学には関西医科大学学生自治会(以下「自治会」という。)があり、その機関の一つとして、文化系クラブ、運動系クラブおよび同好会があるが、被告薫が入部していたカヌー部は運動系クラブの一つである。

(2) 自治会は、被告大学の学生全員で構成される学生自治組織であって、運営機関としての自治委員会、執行機関としての執行部等がおかれ、執行部の直属機関として、各クラブのキャプテンおよび執行部役員で構成されるキャプテン会がおかれている。

(3) 自治会の経費は学生の納入する自治会費および寄附金をもってあてられるが、被告大学では自治会に対し毎年若干の助成費を出しているほか、クラブに対しその活動の基礎となる部室や学内外の練習場等の諸施設の使用を許している。カヌー部の場合、その練習場(大阪市旭区大宮五丁目先の淀川豊里大橋附近)の近くに艇庫が必要であるが、被告大学は、カヌー部のために学生部長の名で艇庫を借り受け、同部にその使用を許している。また、被告大学では大学案内のパンフレットにクラブ活動の模様を紹介し、入学式当日の式の後各クラブが新入生にクラブの概要を紹介する時間を取り、そのために学内施設の利用を許している。

(4) クラブは、五名以上の学生が発起人となり、クラブ顧問の認印をえたうえ、発起人連名でキャプテン会に申請し、この議決を経て設立される。なお、右の顧問は、クラブ員の総意により被告大学の教員の中から委嘱されるものであって、被告大学によって委嘱されるものではない。そして、顧問の委嘱を受けた教員がその申出を受けるか否かはその教員の任意に委ねられていて、就任が義務づけられるものではなく、また、顧問は、当該クラブ活動に関して専門的技術あるいは知識を有しているとは必らず、またそれが必要とされているものでもない。

(5) クラブの予算は、キャプテン会で作成し、自治委員会の決議承認を受けることになっている。また、クラブは、各クラブ員の総意により自主的に運営されていて、被告大学が個々のクラブ活動の運営に指導介入することはない。

(6) カヌー部は、昭和四〇年に運動系クラブになったものである。その顧問は、発足以来被告大学の教員である被告岡本である。被告岡本は、かつてファルト・ボート(カヌーの一種で、組立式のもの)をした経験があり、昭和三六年にできた大阪カヌー協会の発足当時からの理事でもあるので、カヌーに関しても相当の知識がある。

(7) カヌー部は、前記淀川の豊里大橋附近に艇庫を持ち、普段の練習は同所附近で行っている。当時キャプテン以下一〇名余りの部員がいた。専任のコーチはいず、クラブ員が先輩の指導を受けながら自主的に練習をするのが常であった。クラブの運営もキャプテンを中心として部員の総意で自主的に行っており、この関係で顧問の被告岡本に相談したり、その指導監督を受けることはなかった。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  思うに、大学における教育が高度に専門的なものであることはいうまでもないが、同時にそれは、知的、技術的に偏向しない巾広い人間性の涵養、人格の陶冶その他の教養、健全な心身を伴わなければならないのであって、右の専門教育はこれらを基盤とすることによって始めて本来の目的を達成しうるのである。そして、教育、とくに大学教育の本質からすれば、学生が自主的に考え、自主的に勉学研究することが肝要であるから、学生の勉学においても、また課外活動においても、それらが自主的に行われることが奨励されるべきである。大学においては、学生は成年者またはこれに近い年令の者であるばかりでなく、いずれも大学教育にふさわしい者として選抜されたものであるから、その肉体的、精神的発達状況に照らすと、大学としては能うかぎり学生の自主性を尊重することが教育の成果を上げるゆえんであり、またそのようにしても通常支障を生じないのである。クラブ活動は、運動系、文化系を問わず、それ自体叙上の専門教育とは必ずしも直接にかかわるものではないが、教養を深め、心身の鍛練をはかるなどの点に教育的意義を見出すことができるばかりでなく、クラブ活動が自主的に行われること自体に少なからざる教育的意義を見出すことができるといえよう。

そうであるから、大学におけるクラブ活動は、大学における教育目的にそうものとして、大学としてもクラブ活動に関心をもち、必要な援助、便宜を与え、必要な指導をすることがその教育目的に資するゆえんと考えられるが、同時に、右の指導は例えばクラブ活動が本来の目的を逸脱しまたはそのおそれがあると認められたときなどに行われるべき必要最小限のものに限られるべく、クラブの予算作成、支出、活動計画、練習方法等の個々のクラブ活動の運営は、本来学生により自主的に行われるべきものであって、そうしてこそ右の教育目的がより一層達成されるものといえるのである。

前認定のように、被告大学がクラブに部室を与えたり、自治会に経済的援助を与えたりしてクラブ活動を奨励するのは、右の目的に出るものと認めるべく、その意味では、被告大学におけるクラブ活動も被告大学の教育活動の一環にとり入れられているものといえ、それは被告大学と学生との間の在学契約によって生じる法律関係の及ぶ分野と観察しなければならない。

(三)  そこで進んで、被告大学が右法律関係にもとづいてクラブ活動中の学生の生命身体の安全に配慮すべき具体的義務があるかについて検討する。

一般にスポーツは多かれ少なかれ危険を伴うものであり、しばしば不測の事故を生じることのあることは知られているが、必要適切な対策注意をすれば可及的にその危険性を除去減少することができるものであって、これらの対策注意は、それ自体ある程度専門的知識、経験を要することがあるにしても、かなりの程度に定型化され単純化されているもので、そうであるからこそ当該の動作が一面では危険を伴うことがあるにもかかわらず、スポーツとして容認され、広く奨励されているのである。叙上のように、大学のクラブは本質的にその自主性が尊重されるべきであり、構成員の肉体的、精神的発育状況からすると、危険防止につき必要適切な対策注意をすることもまた原則的にはクラブまたはクラブ員の自主性に委ねられているところというべく、具体的には、自らコーチ等の専門家による指導をあおぎ、あるいはクラブ員相互または自己開発努力等により達成していくべく、そうしてえられた成果を部の伝統として後輩へ伝えていくべきものであって、右に述べたスポーツの性質、大学におけるクラブの在り方からするとそれで足り、この過程において大学側の指導育成を必要とすべきものではないというべきである。もともと大学は、スポーツ系の大学ならばいざ知らず、一般的には各種のスポーツから生じる危険を除去する具体的諸方策を逐一指導し、またはその対策をたてる能力をもつものではないと考えられる。もとより、クラブ内でリンチや練習に名を借りたしごき等クラブ活動の目的から逸脱した行為によって危険を生じうべきときは、クラブ活動も在学契約によって生じる法律関係の及ぶ分野で、クラブ活動は健全なものであって始めて大学教育の目的に資するのであるから、大学としては必要な措置をとるなどして危険の発生を未然に防止する具体的措置を講ずべき義務があることは肯定されなければならないが、クラブ活動における通常の練習の過程においてクラブ員に生じうべき危険防止についてまで大学が具体的諸方策を講じなければならない義務はないというべきである。

前認定の事実によると、被告大学ではカヌー部等運動系クラブは自治会に所属し、自主的に運営されているのであって、この運営について被告大学が個々的に指導介入することがないが、これは叙上の大学内のクラブの在り方に照らすと、むしろ当然のこととして是認できるといえよう。そして、前認定の事実によると、本件事故は、カヌー部の通常の練習の過程において生じたものである。たしかに、本件において薫がライフジャケットを着用するとか、カヌーに浮力体を装着するなどしておれば、本件事故は防げたかもしれず、《証拠省略》によると、カヌー部は、昭和四〇年に創設されたものの、もともと在学生が極めて少ない医科大学の運動クラブであることもあって部員は少なく、その部活動も必ずしも活発とはいえず、その技量の水準も高いものとはいえないことが認められるから、これからすると、当時危険防止のために充分な対策がとられていなかった可能性がある。すなわち、《証拠省略》によると、カヌー部では、当時水が入れば浮力の関係で沈むカヌーに浮力体を装着していなかったし、ライフジャケットは艇庫に常備してあったものの、泳げる自信のある者はこれを着用しなくてもよいといった程度のとりきめがあった程度で、これを着用するか否かは各人の判断に任せられていたことが認められるが、《証拠省略》によると、薫の乗ったカヤック艇は安定性が悪く、これをバランス良くこぎこなすには相当の技量が必要で、常に転覆の危険があること、カヌー競技の指導書では、むしろ練習時にはライフジャケットを着用すべき旨の記載があることが認められるから、カヌー部における上記のようなとりきめには、問題がないわけではないといえるのである。しかしながら、飜ってみるに、本来、スポーツ、とくに本件カヌー競技のような個人スポーツをする、大学の運動クラブのクラブ員は、まず自らが自らの技量、体力、健康状態とこれに相関する危険の程度を認識し、不測の事態を招来することのないように努めるべく、クラブないしは他のクラブ員もこれを指導し協力し合い必要な対策をたてるなどして危険の発生を防止すべきもので、クラブ員にはそれだけの判断能力があるのであって、大学における運動クラブはこれを前提として成り立っていると考えられるうえ、本件におけるライフジャケットの着用といった危険防止策はそれ自体単純かつ基本的なもので、その判断になんら困難なところはないから、カヌー部におけるライフジャケットに関する上記のとりきめが十全のものであったといえるかはともかくとしても、大学の運動クラブとしては許されない危険なものであると断ずることはできない。そして、前認定の事実によれば、薫は、当時すでに一九才の医科大学生であり、カヌーに習熟していたとはいえないまでもある程度の経験を積んでいたのであるから、カヤックの転覆可能性等については充分の知識があったものと思え、したがって、事をライフジャケット着用の必要性に限ってみると、自らの泳力、健康状態を勘案して右の着用をすべきか否かもまた判断しえたと考えられる。前叙のように、大学における運動クラブの自主性の要請に照らしてみても、薫としては、当然まず自らの責任において右着用の必要性の有無を決すべき立場にあったというべく、その点における判断の誤りから生じたところを大学当局に帰せしめることが当をえたものということはできない。

その他、前叙のところからすれば、被告大学は、カヌー部の通常の練習の過程に生じた本件事故について具体的な措置をとるべき法的義務はないというべきであるから、被告大学には、本件事故によって薫が死亡したことにもとづく薫および原告楠瀬信二の損害を賠償する在学契約上の義務を負わない。

2  被告らの不法行為責任

(一)  被告岡本、同久保の責任

前記一のとおり、被告岡本は、被告大学カヌー部設立以来の顧問で、本件事故当時留学中で日本にはいなかったものの顧問は続けていたのであり、また、被告久保は、被告岡本が留学中カヌー部の顧問代行の任にあって、本件事故当時も在任していた。

しかしながら、前記三1(一)(4)のとおり、①顧問を委嘱するのは、クラブ員の総意によるのであって、被告大学ではなく、②顧問の委嘱を受けた教員がその申出を受けるか否かは、その教員の任意であって、就任を義務付けられず、③顧問は、当該クラブ活動に関して専門的技術あるいは知識を有しているとは限らず、また必要ともされていないのであって、また、《証拠省略》によると、④顧問のクラブへのかかわり方は、各クラブによって様々で、興味のある者は、競技会に観戦に行ったり、合宿に参加したりするが、新入生歓迎コンパ等各種コンパのみに参加するという者もあり、要するに各顧問の任意であることが認められ、前記の被告大学とクラブ活動との関係および《証拠省略》と合わせて考えると、顧問は、当該クラブの活動内容に関して、指導監督する義務を負うものではなく、ただクラブやクラブ員に対する助言者ないしは精神的な協力者として側面から援助するものに過ぎないと認めるのが相当であって、顧問としての地位においてクラブ活動に際して部員たる学生に生ずべき危険を防止すべき注意義務を負うものではないというべきである。

もっとも、前記三1(一)(6)のとおり、被告岡本はカヌーに関して相当の知識を有していたのであり、《証拠省略》によると、被告岡本がカヌー部のクラブ員に多少の指導をしたことのあることが認められるが、そういうことがあったからといって直ちに同被告に本件事故についての結果防止義務があるということはできない。

また、《証拠省略》によると、クラブが合宿をする場合には、学内外を問わず、顧問の承認を受けて被告大学学生部に届出なければならないことになっていることが認められるが、《証拠省略》によると、この合宿届は、長期間通常の住所から離れることが多い合宿の際に学生の居所を把握して緊急の連絡等に備えるためのものにすぎないと認められるから、このことが顧問にクラブ活動に関する叙上の注意義務を負わせる根拠になるものではない。

したがって、本件事故当時カヌー部の顧問であった被告岡本にも、顧問代行であった被告久保にも、不法行為の前提たる注意義務がないから、同被告らが原告らの主張する本件事故による薫と原告楠瀬信二の損害を賠償する義務を負わない。

(二)  被告大山の責任

被告大山が、被告大学の教員で、本件事故当時被告大学学生部長の職にあったことは、当事者間に争いがない。

ところで、《証拠省略》によると、被告大学における学生部は、学生に対する奨学金の給付、学生の健康管理、下宿の斡旋、施設の利用関係等の各事務、課外活動に関する学生へのアドバイスなど学生の厚生補導関係業務を掌ることが認められ、被告大学が、学生との在学契約にもとづいて学生に対して負担するその安全配慮義務を主として執行するのは、学生部であると解される。しかし、前記のとおり、被告大学は、クラブ活動に対して、施設の使用を許すなどして側面から援助する義務はあるが、具体的なクラブ活動に関して、具体的な措置を取って部員たる学生の生命身体の安全に配慮すべき法的義務はないのであるから、被告大学の学生部にも、また同部を統括する学生部長にもそのような義務はないというべきである。

したがって、被告大山には、本件事故による薫らの損害を賠償する義務はない。

(三)  被告本庄の責任

被告本庄が、本件事故当時被告大学の学長であったことは、当事者間に争いがない。

しかしながら、被告岡本、同久保、同大山には本件事故につき結果発生防止義務がなく、不法行為が成立しないから、被告本庄につき民法七一五条二項にもとづく責任が発生する余地がない。

(四)  被告大学の責任

被用者たる被告岡本、同久保、同大山に本件事故につき不法行為が成立しないことは、前認定のとおりであるから、被告大学が民法七一五条一項にもとづく使用者責任を負うものではない。

四  結論

本件弁論は、請求の原因および数額につき争いのある場合においてその原因につき裁判をするに熟すると認められて終結されたものであるが、以上述べたところから明らかなように、被告らはいずれも、本件事故による薫らの損害につき原告らに賠償する義務を負わないから、請求の原因がないことに帰し、したがって、原告らの請求は損害の有無、数額等について判断するまでもなく理由がないから、終局判決としてこれらをいずれも棄却することとし、訴訟費用については民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川口冨男 裁判官 新井慶有 裁判官佐々木洋一は職務代行のため署名押印できない。裁判長裁判官 川口冨男)

〈以下省略〉

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